シングルマザーBerryKの日々

シングルマザーになったので忘れないように子育てと自分の日常を残したい。そんなブログ。

初めてのお雑煮

生まれて初めて、「お雑煮」というものを作りました。

 

次男の冬休みの宿題のために親が初挑戦したお雑煮

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もちが焦げておるが。次男の冬休みの宿題で、お雑煮紹介みたいなものがあったので、作ってみましたが。

 

実はお雑煮をおいしいと思えない

 

お餅は、母の実家一家が作ったものが毎年送られてきます。なので、加熱し過ぎたりするとすぐ崩れてしまうのですよ。

 

子供の頃から、あまりお餅は好きではなく、どうも扱い慣れませんわ。

 

で、今までお雑煮を作ったことはありません。私の実家は、お雑煮食べないので、作り方も知らないし、味も知らない。

 

しかし、結婚してから元旦那一家はお雑煮を食べるので、義母が毎年作ってくれていました。

 

元旦那一家はみんな絶賛していたので、きっと「おいしいお雑煮」と呼ばれる類いに入るのでしょう。

 

しかし、申し訳ないが、私には義母のお雑煮を「おいしい」と感じる神経がつながっておりませんでした。

 

たぶん、お餅時代が好きじゃない時点で、お雑煮も好きじゃないカテゴリに入っていたのだと思います。

 

ネットで似ているものを選び、真似して作ってみましたが、ふ~ん、、って感じになりました。

 

たぶん、何かが違うんだと思う。作るときの感覚的なもの?味の微調整的なもの?

 

義母が作ってくれていたお雑煮の味も、よく覚えていなくて。断れないから食べていたようなものなので、私の記憶に「お雑煮」の文字がなく。

 

まさかの次男の冬休みの宿題で、お正月に食べるお雑煮紹介、みたいなものを書かねばならず、仕方なく作ってみました。

 

子供の宿題を親が手伝うダメ親の典型的行動

 

次男と一緒に作った方が良かったのでしょうが、まったくやる気のない次男をうまく誘導してやる気を出させるのは正直面倒だったので、一人でやってしまいました。

 

ま、お雑煮を親と一緒に作りましょう、が宿題ではなく、いろんなお雑煮を紹介し合う、というものなので、問題はないでしょう。

 

きっと、各地方に田舎のおばあちゃん家がある人達は、ちょっと違うお雑煮を載せるでしょうし、一緒に作る人もいるでしょうし、なんなら食べません、という人もいるでしょうからね。

 

次男のすごいところは、宿題の用紙の材料欄に、ネットで似たようなお雑煮を調べ、材料を写していたところ。

 

わからない、知らない、を調べる手段がわかり行動に移せるならOK、というのが私の考え方なので、良しですね。

 

お雑煮のだしは濃いめが良いのかも??

 

今回は、みそ汁を取るときに使うだしを使いましたが、お雑煮用には濃いめにだしを取った方が良かったかも。

 

これは私の反省点ですね。

 

ただ、自分の中にお雑煮の正解がないので、向かう方向がわからない。

 

おいしいと思うお雑煮を食べたことがないので、まずはいろんな地方のお雑煮を試しに作ってみるところから始めないと、今後のお雑煮作りには役に立たないかな、と思っています。

 

気が向いたら、違うパターンのお雑煮に挑戦してみますわ。

 

反省事項は単なる事実と次回の仮説材料

 

お雑煮にも正月にも全く関係ないですが、お雑煮の「反省」から関連して思い出したことを一つ。

 

反省を「ミス」や「失敗」と結び付けて解釈せず、単なる「事実」として認識した方が、私の場合はメンタルは病みにくい。

 

検証、的な感じ。

 

そう認知できるようになってから、歯車が前向きに進み始めた感覚を持ったことを思い出しました。

 

そして、フィードバックはよりよい方向へ改善できるかもしれない、ただ一つの材料であること。次の仮説に使ってもいいし、使わなくてもよいのだと。

 

フィードバックの内容が、次回に反映されていなくても、それを誰かにわかるように表現しなくても良いのだと。

 

時期が来ないとわからないのであれば、時期尚早であると考え、温存するのもありだし、時期が来た時に不要なら、切り捨てても構わないのだと。

 

そんな風に考えられるようになったら、他人の考えに振り回されず、世の中の矛盾も気にならなくなり、他人に求められる自分になる必要もなくなり、自ら孤独を選べるようになりました。

 

とはいえ、義母のお雑煮は断れませんでしたが。

 

孤独って、ネガティブイメージが多いけど、私には必要な時間と空間なのですよ。会社にもMY個室を置きたいくらいです。

 

ということで、認知行動療法を編み出し、世に広めてくれた人に感謝しています、というお話でした。

 

ではまた。